企業でのアジャイル開発には難しい面があり、チーム間のつながりが薄れ、それぞれが分断された状態で業務を進めることにもなりがちです。結果として他のチームの作業内容の理解や評価のチャンスが失われてしまうことにもなりかねません。こうした状況が続けば、全社的なレベルで調整不足、混乱や遅れが生じ、効率性も損なわれます。
大規模アジャイルフレームワーク (Scaled Agile Framework) は、本来こうした課題を解決し、組織での大規模な開発を実現するために作られたものです。ただ、UX リサーチとアジャイル手法には一見共通点がなく、共存しにくいもののようにも感じられます。
では、UX チームが大規模アジャイルフレームワークを積極的に取り入れ、活用するにはどうすればよいでしょう?
以下では、大規模アジャイルフレームワーク (SAFe) モデルにおける UX の位置付けとこの枠内で UX リサーチを始める際に知っておきたいベストプラクティスを紹介します。
大規模アジャイルフレームワークの枠組みで UX を捉える
大規模アジャイルフレームワーク (SAFe) とは、リーン開発とアジャイル開発を組み合わせて大規模に実装するためのフレームワークを指し、規範となる方法論というより、ベストプラクティスとパターンを集めたナレッジベースのようなものと言えます。組織が効率的、かつ継続的に予測可能な形で価値を実現することを目的に設計された仕組みです。
SAFe は、企業がチームとプロジェクトをより包括的な 組織の目標とすり合わせる上で役立ち、サイロ構造を打破して個人とチームのコラボレーションと反復を推進する役割を果たします。
では、このフレームワークに UX がどう収まるのでしょう?
SAFe は、以下の3つの柱 (またはレベル) を基に構築されています。
- チーム
- プログラム
- ポートフォリオ
このリーン/アジャイルのフレームワークでは UX の果たす役割は明確に示されていないため、実際の UX プロセスにこれがどう関連するかはひと目では分かりませんが、注意深く議論し、計画することで、SAFe の原則を UX に応用し、複数部門にまたがるチームと効率的に作業が進められるようになります。
SAFe の枠組み内での基本的な UX 構造には、UX アーキテクトとポートフォリオチーム、プログラムチームの情報アーキテクト、各機能開発チームの UX デザイナーなどが含まれます。
SAFe を活用することのメリットには、複数のチームや段階を通して UX を分散させることができる点があります。早い段階から UX 関連の要素を議論に組み込むことができ、開発段階を通じて UX 担当者が関与できるため、組織横断型のチーム間での透明性が高まり、コラボレーションを改善し、組織全体の目標と戦略に沿って取り組みを進められるようになります。
SAFe の枠組みで UX リサーチを実践する方法
大規模アジャイルフレームワークの枠内で UX 関連の業務を進めるには慣れが必要ですが、この仕組みをうまく活用すれば、調整がスムーズになり、透明性と品質の向上を実現することも可能です。
大規模アジャイルフレームワークで UX リサーチを実践する には、以下のベストプラクティスが参考になります。
事業戦略に沿ったリサーチを実現
SAFe では、開発の全過程を通じ、あらゆるレベルで整合性を重視します。プロジェクトが事業戦略とユーザー価値に適合しないようであれば、効果的な成果物を生み出すことは難しいでしょう。
UX リサーチを行う際は、事業価値を特定し、提案するプロジェクトがそれに関連するものであることを確かめましょう。
ヒント : 問題点を総ざらいし、それに関連する事業価値を洗い出すことで調査プロセスを最適化することができます。それぞれの課題に対応することで得られる事業面でのメリット (費用削減や収益増加など) を考えてみましょう。
チームの縦割り化を防止
SAFe の最大のメリットのひとつに、組織横断的なチームワークを重視し、チーム間の分断を防ぐ点があります。
開発のすべての段階で UX の要素を盛り込めるよう、各製品チームに少なくとも UX リサーチ担当者を1人割り当てましょう。人手が足りない場合は、複数チームで兼任してもかまいません。
製品チームに UX 担当者が加わることで、製品に関する知識を深め、開発者とのつながりを築くことができます。製品チームやエンジニアリングチームと顔を合わせる機会が多いほど、UX チームからの推奨に対する信頼も高まり、フィードバックが歓迎されるようになります。
PI 計画を強化
PI 計画とはプログラム増分 (Program Increment) 計画を指します。年間を通じ、同じアジャイルリリーストレインに属する複数チームが集まり PI 計画セッションを行うことで、ビジョンを共有し、機能に関する議論を深め、チーム間の依存関係を特定でき、SAFe フレームワークを成功させる上で欠かせない役割を果たします。
PI 計画は、大規模な組織が縦割り構造の開発体制を分解し、コミュニケーションを深め、共通の目標に向かって方向性を合わせるうえで役立ちます。こうした方向性の一致がなければ、チーム間でリソースや予算を奪い合うような状況にもなりかねず、作業の進め方によっては他のチームのプロジェクトに悪影響を与えることとなります。
PI 計画の過程では、UX 関連の事項を含め、全員が参加して共通認識を築きます。
PI 計画セッションを最適化するには、製品マネージャーと協力して製品部門の優先事項を把握し、製品とリサーチロードマップを照らし合わせ、不整合がないかどうかを確認します。こうすることで、製品面での目標にも合った、説得力のあるストーリーを組み立てることができます。
ヒント : Lucidspark などのオンラインホワイトボードを使えば、さまざまな拠点に分散したチーム間でもリアルタイムで集まってブレインストーミングし、アジャイルリリースロードマップを手軽に作成できるように。機能、依存関係やマイルストーンを視覚化し、すべきタスクや担当者を決めるには PI 計画ボードテンプレートを活用しましょう。
オンデマンドデリバリー
SAFe においては、価値を重視した継続的なオンデマンドのデリバリーが基礎となります。オンデマンドデリバリーでは、常時リリース可能で、新たなビジネスニーズに対応する新しいプロジェクトにも適用できる UX デザインが重視されます。
ただ、オンデマンドデリバリーとは、UX を流れ作業に変えるようなものではなく、UX と製品管理を統合し、密接に連携させることで、共同でのデザインプロセスをスムーズにすることを目指したものです。製品チームにデザイン面での重要事項を詳細に分かりやすく伝え、プロジェクト開発で協働すれば、学びとデリバリーを継続的に実現できる環境が生まれます。
製品管理部門や IT 部門とのコラボレーションを重視
大切なことなので繰り返しますが、SAFe の本質はコラボレーションと整合性の確保にあります。したがって、UX 担当者には、さまざまなチームを通じて実現する製品の企画、開発と提供にお いて重要なパートナーとしての役割を果たすことが求められます。
デザインに関する教育者、ファシリテーター、リーダーとしての役目を引き受け、製品管理や IT の各部門と協業しましょう。こうすれば、組織横断的なチーム間のコミュニケーションが改善し、開発プロセス内での調整もうまくいくようになります。
デザイン作業に十分な時間を確保
オンデマンドのデザインは「ジャスト・イン・タイム」のデリバリーモデルとは異なります。UX デザイナーがよい仕事を実現するには、十分な反復と繰り返しの時間が必要です。
この時間を確保するには、デザイナーが最初のスプリントから的確な作業を進められるよう、プログラムチームが機能チームのデザイナーと密に連絡をとり、十分な背景情報を伝えるようにします。プロセスの早い段階で UX チームを組み込むことで、必要なタイミングで UX デザインを提供し、開発に先駆けて次の反復に取り掛かれるようになります。
責任範囲をタスクに細分化して処理
SAFe の枠内で UX リサーチとデザインをシームレスに進めるには、SAFe の「あるべき姿」に囚われすぎないことが大切です。ここにこだわり過ぎると UX チームにボトルネックが生じ、制作全体がスローダウンしかねません。
プロセスを合理化するには、UX 関連の責任範囲を管理可能かつ明確に定義されたタスクに分割し、UX チーム内で配分するのが手軽です。UX の作業負担を分ければ、メンバー一人ひとりが機敏に動け、開発をスムーズ進めることができます。
ユーザーテストとユーザビリティテストを多数実施
UX リサーチには、頻繁なユーザーテストの実施が欠かせません。SAFe の枠内で継続的改善の価値を実現する上でも、このテストがカギとなります。
リサーチとデザインのプロセスを通じてユーザーテストとユーザビリティテストを優先して頻回行うことで、反復の質が改善し、出荷開始までに、よりニーズに合った成果物を仕上げられるようになります。
UX とアジャイルは一見相容れないもののように思えますが、適切な状況で正しいアプローチを実践すれば、大規模アジャイルフレームワークの枠内で UX の取り組みを成功させることができます。

では実際に、PI 計画ボードテンプレートを使って依存関係やマイルストーンをビジュアル化し、すべき作業を追跡していきましょう。
今すぐ利用を開始